1991年12月25日

雑穀とは

雑穀とは、どんな植物でしょうか。本研究会の会誌『雑穀研究』第1号の巻頭に載せられた文章です。

雑穀とは
阪本寧男 
(京都大学農学部付属植物生殖質研究施設:掲載当時)

 日本で古くから栽培されてきた雑穀の代表的なものはアワ、キビ、ヒエであります。なぜこれらを雑穀と呼んでいるのでしょうか。個々の雑穀には、それぞれ固有の名称がつけられています。しかし、それらを総称する適当な言葉が見つからないのです。それで止むなく「雑穀」と呼んでいるのです。これに対して、例えば英語には雑穀に対して「millet」という総称が存在します。しかし、面白いことに栽培種のそれぞれには、固有の呼び名が見あたりません。それで、アワはfoxtail millet、キビはcommon millet、ヒエはbarnyard milletというように、milletとそれを形容する言葉の複合語となっています。これとは対照的に、日本では、コムギ、オオムギ、ライムギなどは「麦」に「小」、「大」、「ライ」をつけた合成語でありまして、それぞれに固有の呼称は存在しておりません。しかしそれらを「ムギ類」として総称しています。ところが英語ではムギ類に対してwheat(コムギ)、barley(オオムギ)、rye(ライムギ)というふうに、それぞれ固有の呼称があります。面白いことに、日本のムギ類に相当する総称は英語には存在しません。このことは、東アジアでは雑穀類がムギ類よりもその栽培の歴史が古く、逆にヨーロッパでは、ムギ類が雑穀よりもその歴史が古く重要なものであったことを示唆しているようです。呼称に見られるこのようなちがいはこれら二群の穀類の歴史と文化が、対照的であることを反映していると考えられます。

 雑穀に含まれる穀類の種類は、人によりまた時代によって異なっています。私は次のように考えています。雑穀とは英語のミレット(millet)の訳語であり、小さな穎果をつけ、主に夏雨型の半乾燥気候、熱帯または亜熱帯のサバンナ的な生態条件や温帯モンスーン気候の地域で栽培化され、夏作物として栽培される一群のイネ科穀類と定義できるとおもいます。

 世界にはいろいろ多様な雑穀が知られていますが、それらの主な起源地域はユーラシアとアフリカです。特に重要なセンターは東アジア、インド亜大陸およびアフリカのサハラ砂漠南縁からエチオピア高原にかけての地域です。この二つの大陸で、それぞれ独自の雑穀が成立しました。ユーラシア起源の代表的な雑穀は、アワ、キビ、ヒエ、インドビエおよびハトムギの5種です。アフリカ起源のものは、モロコシ、シコクビエ、トウジンビエが代表的なものです。しかし雑穀の中には、栽培の歴史は古いですが、現在でも特定の地域の食生活文化と結びついて、特定の地域だけで栽培されている雑穀があります。インドのコドやサマイ、エチオピアのテフ、西アフリカのフォニオなどは、その好例と言えましょう。
 われわれにもっとも馴染み深いイネやコムギ、オオムギやトウモロコシは、世界で現在広く栽培されている主要穀類です。われわらはややもすると、これらの主要穀類のみに依存した食生活を古くから続けてきたと思われがちですが、このようなことは、ごく最近定着した食生活様式にすぎないのです。伝統的には上に述べたような多種多様な穀類を栽培し、それらをうまく組み合わせた食生活に、生活の基礎を置いてきたのです。現在ではイネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシのような主要穀類が卓越して栽培されている地域でも、過去においては雑穀が高く評価され、その地域の食生活文化の中で独自の役割を果たしてきたことが知られています。この点で雑穀はもっと見直される価値のある穀類といえるとおもいます。われわれの雑穀研究会はそれを目ざす人々の集まりといえるでしょう。
              出典『雑穀研究』No.1 :pp.1-2 (1991) 

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